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立会川の坂本龍馬像

・資源No:928
・分類:観る(歴史・史跡)
・地域:大井地区
・住所:東大井2-25-22
・最寄駅:立会川駅
・備考:新しながわ百景No.108

 ■資源プロフィール

立会川駅から歩いてすぐの涙橋(浜川橋)から立会川の河口あたりにかけて、土佐藩の鮫洲抱屋敷があった。川の流れの先は、現在は勝島運河となっているが、かつては世界につながる海だった。この屋敷内には、浜川砲台が築かれたが、ペリーが2度目に来航した際には、あの坂本龍馬も砲台要員として配置されていた。当時、龍馬は20歳。修行のために江戸へ出ていた。千葉道場で剣術を学んでいたが、ペリー来航で佐久間象山の門下生となり、西洋砲術を学ぶことになる。ここが原点となり、龍馬は世界を見据えた独自の思想で、周知のような活躍をみせた。龍馬にとって浜川砲台は、人生のターニングポイントとなる大切な場所である。

【龍馬のまちへようこそ!しながわ花海道と歴史マップより引用】

このような事柄が縁になり、坂本龍馬像が2004年11月13日に高知市から寄贈された。2009年1月しながわ花海道(勝島運河)、現在は仲町稲荷神社境内に建っている。

注:浜川砲台はペリー来航の嘉永6年(1853)の翌年2300坪の広さで建造された。

しながわ百景No.108
平成29年「しながわ百景」に加わりました。

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