home 品川宿百科 戻る

徳蔵寺(とくぞうじ)

・資源No:830
・分類:観る(歴史・史跡)
・地域:大崎地区
・住所:西五反田3-5-15
・最寄駅:五反田駅
・電話:03-3491-2571

 ■資源プロフィール

天台宗 長命山地蔵院徳蔵寺
・梁誉道元大和尚によって武蔵野国荏原郡大崎村に、天正年間(西暦1573〜91年)中頃、開創。
・門前に「第一日野小学校発祥の地」の石碑がある。

○塩地蔵尊
・塩地蔵に供えられた塩を少量もち帰り、風呂に入れて入ると諸病に効験があると伝えられ、眼病に霊験顕かな地蔵尊。

○三輪地蔵尊
・五代将軍綱吉に仕えた大奥の老女・三輪の菩提を弔うため、元文3年(1738)に安置された尊像で虫歯の痛みを取り除く効験があると伝えられる。

<品川区指定文化財・有形民俗第8号>
○徳蔵寺石造庚申供養塔群5基
一番大きい板碑型の塔は、寛永12年(1635)の造立で、庚申塔では品川区内最古のもの。他の4基は、延宝5年(1677)から元禄2年(1689)の造立。上大崎村の庚申講中が谷山橋の傍らに建てたが、現在地に移設された。

<品川区指定文化財・有形民俗第9号>
○日本諸国社号等標石群
43個の自然石の一つ一つに、諸国一宮の社号と造立者の名が刻まれている。六十六部廻国供養の思想に基づいて造られたもの。徳蔵寺檀徒の多かった上大崎村・居木橋村・大崎村・谷山村の住民の名も見える。

<品川区指定文化財・有形民俗第18号>
○徳蔵寺双盤念仏用具1式
双盤講の人びとが寺の本堂に集まり、念仏を唱え、美声を競った十夜会(現在はない)に使った双盤鉦4面とその台柱、太鼓一張が残っており、弘化4年(1847)の銘がある。これら用具一式が残っているのは珍しい。

http://www.tokuzouji.or.jp/

○しながわ昔話(天狗の宿り松)
西五反田三丁目の徳蔵寺の近くには、江戸時代に大和国柳生藩(現在の奈良県)を治めていた柳生家の下屋敷がありました。柳生家は代々、将軍家へ剣術を教える指南役として仕えていました。下屋敷にあった古い松は、「天狗の宿り松」と呼ばれ、次のようなお話が残っています。
 天狗の宿り松がまだ若木だったころのことです。屋敷の庭には松が全部で三本ありました。そのうちの一本が切られ、残った日本も切り倒されようとしていました。「あいたたた……!」「どうしたんだ!?」。声がするほうにみんなが目を向けてみると、ちょっとしたはずみからか、木の上で作業をしていた植木職人が枝からすべり落ち、大きなけがをしてしまいました。「気をつけて作業していたのに、どうしてこんなことに!」「かわいそうに……。町医者を呼びにやったから、もう少しだけがまんするのだぞ」
 けがをした植木職人の話は、不思議なことに、はるか遠くの大和の殿様までその日のうちに伝わりました。
 さらに殿様から「それは大事な松じゃ。切ってはならぬ。そこに祠を祀れ」とのお達しが、その日のうちに江戸の下屋敷に伝えられ、すぐに祠がたてられました。
 その伝達の速さにびっくりした人々は、「この速さはただごとではない。おそらく天狗が伝えたにちがいない」とうわさしました。その後、いつしかこの松を「天狗の宿り松」と呼ぶようになりました。

 電話も電報もなかった時代、情報がすぐさま遠くまで伝わるのは、鳥のように自由に空を飛び回る天狗のしわざかもしれないと考えられていたようです。また、天狗が住んでいたり、腰かけたりしたという「天狗松(あるいは杉)」の言い伝えは、日本各地に残されています。

広報しながわ 平成20年(2008)12月1日 第1692号 掲載

戻る

Copyright © 2012 Haguregumo.