home 品川宿百科 戻る

品川海苔のはじまり

・資源No:945
・分類:学ぶ(しながわ事始)
・地域:品川地区
・住所:北品川
・最寄駅:北品川駅

 ■資源プロフィール

◆品川海苔のはじまり(しながわ昔話)
 私たちの先祖が海苔などの海藻をとって食用にするようになったのは、縄文時代からと考えられています。このころ、食べられていた海苔は岩などに生える天然ものでした。江戸時代になると、品川あたりの漁師たちが海苔の養殖をはじめ、
「品川海苔」が江戸名産として、全国に知られるようになりました。

江戸時代、品川浦は「御菜肴八ヶ浦」という、とれた魚を江戸城へ納める漁村の一つに決められていました。漁師たちは、漁があるときもないときも魚を届けなければならないので、海中に木をめぐらせた「ひび網そだ」という生けすを作って、いつでも新鮮な魚を江戸城へ献上できるようにしていました。
 ある冬の寒い日、漁師が生けすの魚をとっていると、生けすとなっている木の枝(ひび)にたくさんの海苔がついていました。「おや、これはいい海苔がとれた。お坊さんは魚や肉は召し上がらないけれど、海苔は大丈夫だから、寛永寺に納めよう」。漁師は、とった海苔を上野の寛永寺に納めました。すると、お寺で「これは、なんともおいしいものじゃ」と評判になり、広く江戸庶民に知られるようになったのです。
 おいしい海苔は、真水と海水がほどよく混ざる場所でとれるといわれています。そこで品川の漁師たちは、目黒川の流れ込む天王洲あたりで、本格的に「ひび」を使った海苔の養殖をはじめました。

 その後、品川浦での海苔の養殖はさかんになり、大井・大森・羽田と産地が広がり江戸の名産となりましたが、東京港建設のため昭和三十七年(1962)に漁場権利を東京都に譲り渡すことになり、翌年品川周辺の海苔の養殖は幕を閉じました。

広報しながわ 平成20年(2008)2月1日 第1659号 掲載

戻る

Copyright © 2012 Haguregumo.